
概要
西暦2世紀ごろの中国。
当時、中国を支配していたのは、“漢”という王朝でありました。
しかし、このクワンの舞台となるのは、漢王朝が11代皇帝劉志(桓帝)を迎えた漢王朝末期とも言える時代です。すでに漢王朝は衰亡しきっていて、わずか四歳の皇帝が即位したり、生後百日の赤ん坊が帝位につくような異常な時代でもあります。こんな時代ですから、当然まともな政治が行なわれているわけもなく、“外戚”と呼ばれる皇帝の妃の親戚たちが王朝を我が物顔で牛耳ったり、“宦官”と呼ばれる皇帝の召使いたちが皇帝の名を利用して好き勝手に政治を行なっているような有り様でした。
そんな王朝の腐敗と合わせるように、世の中には地震や旱魃など天変地異が続発し、人々を苦しめてします。しかし、そんな民たちの苦しみにもまったく目を向けようともせず、王朝の帝、宦官、外戚たちは、自らの欲望と勢力争いにうつつを抜かしていました。
上は腐敗し、下は天変地異に苦しめられる。それを象徴するかのように各地には、麒麟や竜などの神獣が現れ、さらには宮廷でも凶兆として蛇が現れたなどと歴史書には残されています。
まさに世は乱れ、人心は惑い、魑魅魍魎が跋扈する混沌の時代に、クワンという少年は現れるのです。いったい、どうして彼が現れ、何のために彼は行動するのか? それは物語が進んでいくうちにおいおい明らかになっていくでしょう。
ちなみに、現在の連載中での作品内の年代は西暦166年となっております。
この前後に何が起こって、そしてどんな時代を迎えるのか? 調べて見るのも一興かもしれません。
当時の中国大陸
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後漢の時代の地図がこれです。ちなみに、当時の帝都であった洛陽は司隷のほぼ中心部に位置していました。こうしてみると巨大に見える後漢王朝ですが、并州、幽州、涼州、益州、荊州、陽州、交州などは、異民族の勢力が強く、王朝の支配権がとどかず当時、しばしば異民族たちによる叛乱が勃発していました。また漢民族たちの地域も旱魃や洪水などが頻発し、飢饉が普通に起きるような時代でした。 また『クワン』の始まる後漢末期では、後漢王朝の支配力が衰え、ほとんど地方豪族たちが自立してしまっているような状態になっていたのです。すでに衰退した後漢は王朝として中国大陸を支えきれなくなってしまった時代を舞台に『怪・力・乱・神 クワン』の物語は始まるのです。 |
年表
| 西暦 | 出来事 |
| 前二〇二 | 漢王劉邦帝位につき、長安を都とす。漢王朝成立 。 |
| 前九一 | 巫蠱(フコ)の乱 |
| 九 | 王莽、皇帝となり国号を新と称する。 |
| 一八 | 赤眉の乱起こる |
| 二五 | 光武帝即位。後漢王朝成立 |
| 一五五 | 曹操、誕生 |
| 一五九 | 桓帝、外戚梁冀を誅殺。宦官の権勢強まる。 |
| 一六六 | 五月 桓帝、濯龍宮で老子を祭る 六月 張奐、洛陽に召し返される 襄楷ニ度に渡り『太平清領書』を献上する。 クワン洛陽に現れる |
| 一六七 | 一月、羌族が叛乱し、張奐がこれを討伐。 六月 第一次党錮の禁 |
| 一六八 | 九月、竇武、陳蕃ら、宦官弾圧を謀り、殺害される |
| 一六九 | 九月、第二次党錮の禁 |
| 一八四 | 黄巾の乱起こる。党人の大赦 |
| 一八九 | 袁紹、宦官を誅滅する |
| 一九〇 | 董卓、長安遷都を強行 |
| 一九二 | 五斗米道の教祖張魯,四川・漢中に建国 |
| 二〇八 | 赤壁の戦い |
| 二二〇 | 曹操死去。曹丕が漢より禅譲を受け、魏王朝成立。 |
用語解説
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